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寄稿 シニアソムリエ 石田通也氏 最終回 「ワインラベルとetiquette(エティケット)」

ラベル新聞2013年10月1日号~毎月1日号に連載「過去記事プレイバック」

私はどちらかというと権威主義的ではなく、実質主義的な考え方で、普段の仕事の中でもラベルにはあまり頓着しておらず、ワインの情報源として見ていました。しかし今回の寄稿を通してラベルというものを再認識させていただき、いつもとは違う観点で見ることを意識するようになりました。そんな中でふと思ったのが「人間」のラベルとは何か、ということでした。

人間のラベルとは

ラベルは基本的に、商品ないしその物の情報を紹介し、ある種のイメージを見る側に印象付けるという要素が多く含まれているものだと思います。そのような事を前提とした時、人間のラベルがあるとしたらどのようなものだろうと考えたのです。いろんな見解があるかと思いますが、その人の「顔」、または「名刺」だという考え、「服装や装飾品やフレグランス」、「車や家」、「顔だけでなく髪型や声や体格などその人全体」という考えなどさまざまです。

一つ一つラベルの前提に当てはめてみますと、顔は誰でもすぐに確認できその要素は満たしますが、その表情だけでは人相学・心理学者でもないと、どのような人間かは判断が難しいし、仮に分かったとしても確実ではなく曖昧です。名刺は、その人の社会的立場やポジション、所属する団体やそれに準じた能力などをハッキリ明記してあるので一見近いように見えますが、その情報はその方の社会的立場という断片で、その人の本当の能力やスキルを指しているわけではないことと、名刺を出してもらえないと、自由に確認できないこと、さらには持っていない方もいることを考えると、ラベル的要素が安定しているというわけではないといえます。服装や装飾品他は確認のしやすさ、その身に付けているもので経済力やセンス、さらには職業まで何となく認識でき、最も近いかも知れません。実際、われわれサービスマンも、全く情報のないお客さまはそこからある程度の判断をすることもあります。しかし、やはり服や装飾品はそのブランドに詳しいか、高価・安価の判断、流行や業界的センスを知らなければ、誰もが共通見解で断定する事はできません。家や車も同じくで、それらはすぐに確認する事すらできません。髪型から体型、声までその人全体、今風な言い方をすればオーラともいいましょうか、これはブランドにもごまかされない、その人を示す最もシュールなものですが、その捉え方は相対的で、ある程度の共通認識はあっても、100人いれば100通りの捉え方ができてしまいます。やはり人間にラベル的なものは存在しないのでしょうか…。

しかし、これらの否定要素を挙げているうちに一つの共通見解が見えてきました。それは、これらの否定要素は本家のラベルにも言えるのではないか、ということです。上質な紙やインキ、箔を使用しても、また、センスの良いデザイナーや画家を登用した優れたデザインにしても、見る側に認識がなければそれまでですし、捉え方もさまざまです。また中身がさほどではなくとも、ラベルを豪華にして高級感を出すこともできますし、逆に中身が素晴らしくとも、ラベルが質素という例もあります。また裏を返せば「折り紙付き」や「看板に偽りあり」などはラベルだけではなく人間にもいえることなのです。

しかし、優れたラベルには、何か気品のようなものを漠然とでも感じることは確かだと思います。人間も同じで、優れた人物にはそれ相応の気品を感じるかと思います。逆にどんなに外観や肩書を着飾っても中身が伴わなければ、何か違和感を感じるものです。結局、人間にラベルがあるとしたら、その人の生き方も前項も含めた全ての要素がそれだといえるのだと思います。自分の能力を超えて外面的に着飾る事も、偽る事も出来ますが、ラベルと中身の関係と同じくで、程なく馬脚を現してしまうことでしょう。

分相応を目指して

基本的にラベルは視覚で認識する物が一般的ですが、視覚に障害がある方が健常者以上に相手を認識する能力にたけているように、今は触覚で認識できるものもありますし、きっと嗅覚や聴覚、それ以外の要素でも認識できる物が開発されていくことと思います。

私は実質主義なので、中身が優れていても表が質素というラベルに魅力を感じてしまいますが、本当に良いと思われるのは、やはり中身と表が合致している事です。人間も全く同じ事がいえると思います。

しかし本当に優れた人物ほど、表面的には質素でその様には見えないものです。人は見えを張りたい生き物ですが、中身と表の差が少ない人間性を身に付けていきたいものです。人間性が大きくとも小さくとも、それができる事こそが優れた人間性ではないかと思うようにもなりました。「われ、ただ足るを知る」という言葉がありますが、「分相応」を目指して頑張りたいものです。

 

著者:石田通也氏

1970年、長野県明科町(現安曇野市)生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校で料理を学んだのち、㈱プリンスホテルへ入社。各レストランに配属されサービスを学ぶ。「シニアソムリエ」「きき酒師」「ビアテイスター」などの資格を持ち、05年には、「第4回全日本最優秀ソムリエコンクール兼第12回世界最優秀ソムリエコンクール日本代表選考会」でベスト16に。現在は、長野県松本市深志のフレンチレストラン「Le SALON(ル・サロン)」オーナーとして活躍する傍ら、ホテル、レストランのイベントプロデュースなども手がける。11年に㈳日本ソムリエ協会技術委員・上信越支部地域委員、同年、長野県原産地呼称管理制度日本酒・焼酎官能委員に。

 
 
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